すいせいむし
職場で腹の立つことがありまして。
大切なアイテムに鉛筆で落書きされました。これだけ書くと幼いいじめのような状況ですが、メモを急いで取ろうとしたけれど、適切なものがなかったのだと思いたい…。
ふたつあるから職場に持って行ったまでで、形あるものはいつか必ず壊れるものであるのだから、それについてはいいのですが、「なぜ、その人は明らかに沈んでいる私に真摯に謝罪しようと思わなかったのか」「私はそこまで安い人間なのか」と、悶々と考えているうちに、この落書きを消したあと(鉛筆で書いてあったので消しゴムで消した。凹凸が腹立つ)を見るたびに腹が立って、その大切なアイテムを捨ててしまう自分が想像出来たので、この気持ちをどう持ち直すかの思案を始めました。
職場に「仙人」っぽいおじさんがいらっしゃいまして。とある病気で食事制限がたくさんあるおじさん。長い病欠から復帰したら顔の下半分が髭もじゃもじゃだったおじさん。「その髭どうしたんですか!?」と羨望のまなざしを送ったら、次に見かけたときにはキレイさっぱりそり落としてきたおじさん。仕事の質問をすると真摯に受け答えをしてくれるおじさん。一生懸命ベストな状況を一緒に考えてくれるおじさん。だれに対しても真摯で紳士なおじさん。
この「仙人」に、その落書きあとの上から一筆をいただく戦略を立てました。
仙人に落書きされたと思えば、腹も立たない。むしろご利益がありそう。
「仙人さん、座右の銘はありますか?」
「すいせいむし」
「おおう……漢字が全く浮かびません」
メモ用紙に鉛筆でサラサラ書き出す。左利きで空気を含んだような柔らかい字を見せてくれるおじさん。見た目は典型的な真面目な日本のサラリーマンといった風貌なので、文字のギャップにいつも笑いそうになります。
「酔生夢死」
四字熟語や故事成語は好きな方……だと思っていたけど初めて見た!!
意味を尋ねると「字のまんまだね。酔っぱらってるようにふわふわ生きて、夢を見るように死んでいく」。
深っ!! やっぱりこの人、仙人!!と思いつつ、仙人、酒飲めんやんけというツッコミが喉まで上がってきたけど、一生懸命飲み込みました。
「それ、このアイテムの落書きの上に書いてもらえませんか? 凹凸を見るたびに腹が立つんで」
詳細な経緯を訊かれるかと思ったけれど、なにも言わずに2度目の「酔生夢死」をおじさんは書いてくれました。
家に帰ってGoogle先生に訊いてみました、「酔生夢死」。
ざっくり説明すると「くだらない一生」という意味になるらしいです。
私から見れば、冒頭で述べた、他人の私物にメモ書きしてロクに謝れないおっさんの方がその人生じゃない……?
その対極にいるような真摯で紳士なおじさんは、ひょうひょうとその字を書いて見せてくれました。
器用貧乏な私。自分の器用さに酔うだけで、結局はなにも残らない人生になりそうだなと思ったら、この言葉がとても身近に感じます。仙人さんも実は私と同じような挫折感を持っているのかも……。言ったら怒られそうだから言いませんが。
すいせいむし。スイセイムシとしたら虫っぽくていいなと思ったけど、初めて聴いた音の響きがひらがなだったので、その感覚を大切にしたいと思います。