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すいせいむし

職場のおじさんに座右の銘を訊きました。「すいせいむし」という返答に「?」となった出来事が由来です。

気持ち悪い風景

ここは東京、中央線。

 

 

年齢相応のシワが目立つけど、美しい母親と今風の高校生ぐらいの男の子が並んで座っていた。

 

 

よくある風景なんだけど、なんだか違和感。なんだろう、この違和感。思春期の子供と親の距離にしてはちょっと近すぎる?

 

 

中央線の中でも人気のある駅で降りて行った。

 

 

背中を見送って、思い出した。きょうは土曜日だ。高校生っぽい男の子が土曜の昼下がりに母親と繁華街に向かう違和感。

 

 

余計なお世話か、余計なお世話だね。

 

 

目線をぐるりと車内を見渡した。おお、女性の背中から抱えるように立っている男性。あらやだ、仲睦まじ…いと思っていたら、その男性はその隣の男友達と話している。

 

 

3人連れか。友達の前でよくいちゃつけるな、つか男友達のほうもよくそれを見守ってられるな。

 

 

うん、余計なお世話だね。

 

 

目線を前に戻した。

女性のTシャツの柄が目目連のような、無数の目だった。

 

 

東京にはいろんな人がいるなあ。気持ち悪いけど、目目連柄のTシャツはほしいなとちょっと思った。ちょっとだけよ?

BLとAV

ヤッていればいいんじゃないんだっ!!

 

 

ヤッていればいいだけのBLなんて、AVと変わらんのだっ!!

 

 

ヤッていればどんなアート作品にしていいロマンポルノのようなBLがいいのだっ!!

 

 

夜中になに考えてるかなんて、愚問なので放っておいてください。

あしもと

大きな出来事に面した時、自分にはなにが出来るかを考えるものだと思う。

 
 
もちろん、考えない人もいるだろうし、考えても思いつかず立ち尽くしている人もいるんだとは思う。
 
 
考えても行動に移せない人もいるだろうし、そして打ちひしがれてうつむいている人も。
 
 
そんな段階を超えつつ、考えて行動に移して生きている人がいるから、社会はなんとかなってるのかな。
 
 
私は、私は…。
小さいことだし、お金にもなってないけど、大したストレスもなくやりたいことをやらせてもらっている。
 
 
それは大きな幸せでなく、小さな幸せの集合体。決して理想的な「考えて行動に移して生きている人」ではないけれど、そういう人たちを僻んでなにもやらない人たちとは距離を置けていると思いたい。
 
 
まあ、なにが言いたいかって、ザマーミロって言葉なんだけど。あしもと見て生きたい。

彼の国の人

若いころ勤めていた会社で仲の良かった女の子が在日韓国人だった。


彼女は明るく(その後、闇も知るわけだが)、初対面に近いころ「私、在日なんですよ。あそこが2つあるかもしれませんよ」と冗談を飛ばしていた。


そのころは「冬のソナタ」が大流行していた時期なので、「流行りに乗っかった冗談を言ってるのかな?」と思ったが、免許証を見せられて本名を見せてもらって、びっくりした。


明るく美人な彼女はアームカットをしていた。半袖を着れば隠せる場所を切っていたのだ。彼女には親戚に在日ではない韓国人がいて、その親戚から「在日の子は、明るいか暗いかのどちらかでしかない」と聞かされていたらしい。


彼女は明るかったが、アームカットをしなければならないぐらいには闇を抱えていた。


(その後、面白いぐらいに幸せになったんだけど、この駄文のテーマではないので省略)


私にとっての韓国人ファーストインパクトはこんなもんだった。


それから10年以上経っていて、彼女も日本人と結婚するのに帰化をした。そんなことも忘れてたぐらいの時期に私はワーキングホリデーで日本にやってきた韓国人女性と出会った。


在日だった彼女は切れ長の目が美しい女性だった。最近知り合ったワーホリの女性は、目が丸く「さよなら歌舞伎町」という映画に出てくる韓国人女優に雰囲気が似ている。


さらに数日前にやってきた、ワーホリ女性のお友達の顔が、沖縄系の顔をしていた。


なんかこうですね、韓国人の顔のイメージってあるじゃないですか。


切れ長の目にエラが張ってる? そんな。まだ会ったことないけど、ザ・ブングルの加藤氏で間に合ってるので別に確認しなくてもいいんだけど(この時点でその特徴が国籍関係ないのがわかるから)。


切れ長の目で、昔の同僚だった彼女は、言われてみればああなるほど…と思ったが、ここ最近で出会った韓国人女性は普通にかわいい、なんなら普通に日本人にもいる顔の系統。


あの、目が細いエラ張った顔って、誰が作ったイメージなんだろう。


私の大好きな仙人さんが、ひと昔前の「典型的な日本人(サラリーマン)」な風貌と同じように、日本人にだって本当はいろんな顔があるのに、画一化されてしまったものなのか。


いま、私がワーホリ女性に聞きたいことは「韓国にも縄文系の顔と弥生系の顔ということがあるのか」ということ。


ワーホリ女性と在日だった彼女は「弥生系」だけど、ワーホリ女性のお友達は「縄文系」だと思ったから。なんなら私も目が一重なこと以外は、縄文系だから気になるのだ。


この世界には私の知らない世界がいっぱいある。


ヘイトスピーチというのは「私は無知です」ということを大声で訴えているだけなので、もう少し世界を広げてみたほうがいいよと思う。

ヘイトスピーチ

この世の中にヘイトスピーチというものが存在しているというのは知っていたのだけど、身近な存在ではなかった。


半年ほど前、近くの駅で初めてそれを見た。


なにか言ってるなとは思ったけど、聞く気もなくふと、その集団を見ると品の良さそうで大人しそうな40代ぐらいの女性が、スピーチを終えてホッとしている表情をしていた。


その表情は普通の健全な市民に見えたし、気が弱そうで庇護欲を掻き立てられたけど、次の瞬間には猛烈に悲しい気持ちに陥っていた。


こんなことでしか、この人たちは達成感を味わえないのか。自分を表せないのか。


こんなに無駄になんでもある都会で、こんなことでしか…。


本当はチキンなのに、見た目は偉そうに見えてるっぽい私が、彼女たちに「恥ずかしくないの?」と強めに言ったら涙目で逃げていきそうな雰囲気だったなあと思い返しつつ、強そうに見えているからこそ、こういう人たちに取り込まれずにやっていけてるんだろうなと思った。


きっと、街中であの人たちを見かけても、あの時の人だと気づかないと思う。そんな普通の人たちがヘイトスピーチをやっていることが衝撃だった。


この1年のうちに、彼の国の人々の印象が変わる出来事があった。


あのスピーチをしていた人たちは、印象を変えてくれたあの子たちと出会うことはないのだろうか。

よく見る夢

電車に乗り遅れる夢。


きょうは北陸に向かう電車に乗っていた。うっかり1両しかないグリーン車両的な車両に乗ってしまった。隣の車両を繋ぐドアがなく、完全孤立状態でひと駅。指定席取ってないのに、勝手に座ってた。


池田祥子に似た女性に声をかけられて「次の駅で隣の車両にうつります」と自分のうっかりにうんざりしていた。


次の駅でその車両を降りた。隣の車両に向かうはずが、いつのまにか改札の外に出ていた。乗るべき電車があるはずのプラットホームを探すけど、見当たらない。こんなに電車が待っていてくれるはずがないと、諦めているけど探し続ける夢。


疲れた。


目が醒めても覚えている夢は、なんとなくスマホで検索してみる。


電車に乗り遅れる夢は、チャンスを逃す夢らしい。


一度は乗ってるけど、乗る車両を間違えて降りて乗り遅れる(乗るべき電車を見失う)というのもなんだか示唆的な気が。


日々黙々と仕事をこなす日々で、小さな幸せが10個ぐらいあればいいと思ってるぐらいの小市民なので、チャンスってなんのチャンスかわからないけど、確かにきのうは「このままで大丈夫だろうか?」と思いながら寝たので、その気持ちが見せた夢かな。


このままで、いいのかな? いやいや、ここから逃げてもいいことないということは想像に難くない。


逃げてばかりいても、しょーがないよ、わたし。


小さな幸せ10個というのは、このあいだ実際に上司に向かって言ったことだけど、贅沢かなあとふと思う。


1、ごはんがうまい
2、酒がうまい
3、家族が元気
4、飼い猫が元気
5、キレイな仕事ができた
6、友達がおもしろい
7、友達が笑ってくれる
8、趣味が楽しい
9、仙人さんがおもしろい
10、仙人さんが笑ってくれる
11、よく眠れる


我ながら小さな幸せばかり。5と8はもっと細分化できるはず。


こんなことをぼんやり考えていられる自分は幸せなんだろうなって思う。

なぞのサービス精神

「あなたが地球にいた頃」で検索してこのブログにたどり着いている方の多さにびっくりしているでござる。

 

印象に残ってないとか書いていて申し訳ないっす。

 

演劇集団キャラメルボックスは、1990年代にアコースティックシアターと銘打った作品を多く上演していたのだけど、私は「アローンアゲイン」(94年)が一番好きです。

 

多分、劇中のキャラクターたちと似たような経験があると感情移入しやすい作品群なのではないかと。印象に残ってないというのは、私の経験値の低さなんでしょう。どんな観客が観ても説得力のある演技ができる役者さんがやらないと難しい、そんなシリーズだと思います。

 

(いや、いま「アローンアゲイン」を検索したらネガティブな感想が上の方にあるので、フォローしたくなりました 汗。再演版より初演版観ろ!)

 

前置きが長くなりましたが。「あなたが地球にいた頃」で検索してきているあなたに。

youtu.be

舞台の内容について印象は残っていませんが、この曲がめちゃくちゃ好きです。

 

「人が人を想う気持ち」を標榜する劇団を表現している使用楽曲の一つだと思います。

 

♪ねえダーリン、足かせを外せばどこへだって行けるはずだろ

 

思い込みをなくせば世界は「きらきら」しているのだ、そんな感じの楽曲です。

 

ある時からオリジナル曲にこだわるようになってしまいましたが(悪いことではないんですけどね。良曲も多いし)、このころのプロデューサー兼音楽担当だった加藤昌史さんのセンスは神がかっていたと思います。

 

どういう人が「あなたが地球にいた頃」と検索しているかわかりませんが、せっかくなので私の好きなこの曲も知って(思い出して?)ください。