すいせいむし

職場のおじさんに座右の銘を訊きました。「すいせいむし」という返答に「?」となった出来事が由来です。

母の罪滅ぼし

職場でマイナンバーの提出を求められたので、ずいぶん前に我が家に届いていた封書を先日はじめて開けた。

 
当たり前の話だけど、そこには私の誕生日があって、発行日に目をやるとその日は母の命日だった。なにこれこの偶然すごい。
 
2年前の免許更新日、何の気なしに誕生日の次の日に免許センターへ。不躾な職員に腹を立てながら受け取った新しい免許の更新日には、母の誕生日の日付がプリントされた。
 
母を亡くしたばかりだったので、狙ったといえば狙った。私たちは1日違いの誕生日。
 
怖い話が大好きで、心霊的な本をよく読む。そこには「身内が亡くなると、その人が親族の(なにか悪いものの意味なんだけど、作品によって表現が違う)を持って旅立つ」という内容の物語を何度か目にした。
 
私の深層心理にそれがあるのかもしれないが、なにかモヤモヤしたものを持っていかれた気がするのだ。
 
それだけ私はシンプルになった気がする。
 
12歳の時、父方の祖母が亡くなった。それで私はすべての祖父母を失った。

 

母は父方の祖父母の葬儀に参加しなかった。祖母の葬儀をすべて終えて家に帰ると私は、目の焦点の合っていない母に「あんたの葬式には出ない!」と泣き叫んだ。
 
どうして、母がそうなってしまったかを全く理解していなかった。
 
20年経って、私は母の葬儀にいた。20年でだいぶ大人の世界を理解できるようになっていたので「私は葬儀に出ないよ」なんて言えなかった。
 
ただ、私の中の12歳の私を持て余していた。
 
どうして、それをしたのか覚えていない。あんなことを言ったのに、ここにいる私が悲しそうな顔をしてはダメだと思っていたのは覚えている。
 
そのあと化粧を始めた。顔色が悪いのがイヤで、チークをほどこした。
 
ダメだ、葬儀に化粧はダメだと思いながら、一度手をつけたら習慣から普段の顔を作っていた。
 
父にダメと言われたら落とそうと思って、父に是非を聞いた。
 
「いい顔だ」
 
父は辛気臭くなるのがイヤだったんだろうと思うが、兄嫁の顔を見て焦った。
 
形式通りにファンデーションだけ塗った兄嫁の顔には「礼儀ですから」と筆で書いてあるようだった。
 
兄嫁が正しいんだけど、そうじゃなくて、そうじゃなくて。母と私の、母と父の、父と私の関係はそんな形式通りにいかないものだったんだと、いまなら自分の行動に説明をつけられるけど、兄嫁と私の間には、真っ当な家庭環境の人とそうじゃない人の大きな溝があるような気がした。
 
兄嫁のお母様から、声を掛けられた。「お母さんはあなたに悪いことをしたと思っているはずだよ」
 
その言葉は本当なんだと思う。だから、私はいま穏やかな日々を暮らせているのだと。これは、母の罪滅ぼしなのだ。大切にしなくてはならない毎日なのだ。
 
ある柔らかな感情がふいに浮かんでくるのだけど、必死で打ち消している。
 
母と私の関係はそんなものではなかったはずだ。本当は愛されていたとか、死後になってわかるなんてドラマみたいな話はないはずだ。
 
お母さん、お母さん。ふと思い出したときに、心の中で呼びかけている。
 
これは私の都合のいい妄想なのだ。